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町田樹の言葉

町田樹という人は、「言葉」の人だ、と折に触れて思います。
インタビューで語られる彼の「言葉」は、映像媒体でも、文字媒体でも、本当にすうっと頭に入ってくるのが実に心地よくて、言葉に込められた誠意が素直に伝わってくるように思います。
そして、「言葉の人」であるのは、「言葉」そのものを語る場合に限られない。
今季のスケートアメリカでSP「エデンの東」を見た時、氷上に詩が見えると感じ、EX「白夜行」を見た時、生きていくことの「痛み」について「語りかけて」来るように、確かに感じた。
それは、彼が演技を通じて何かを伝えようとした時、それがあたかも言語化されることによって具象化されたものであるかのように見る者に伝わるからなのではないかと。

で。
町田樹の「言葉」と言えば、もはや代名詞のようになっている「語録」ですが、割と早い時期に戦略として意図的に仕掛けていると本人がネタばらししていたので、普通に面白がってたな。
それだけに、ソチ五輪の個人戦SPの後の、「僕、こんなミスしないんですけど…」という「語録」を意識しないままに発した一言はショックの深さが思いやられるようで、それだけに続く逆ヴァレンタイン発言が何とか自らを奮い立たせようとして無理矢理絞り出した感がありありで、もう痛々しいやら健気やら。

で、五輪後、世界選手権生観戦に向けて、ふと思い立って『エデンの東』を読み始めてみました。スタインベックは中学生の時課題図書だった『赤い子馬』がちょっと苦手で、それで敬遠していたんですが、いざ読んでみたら、余りにすらすら読めるのでちょっとびっくりした(笑)。

問題の「ティムシェル」の箇所はこちら。

「…『ティムシェル』という言葉で、これは『してよい』という意味です。人間に選択を与える言葉です。世界中で一番大切な言葉かもしれません。つまり、道は開かれていて、すべては人間しだい、と言っています。…『治むること能ふ』ならどうでしょう。人間しだいです。…いくら弱くても、穢れていても、弟を殺しても、人間には偉大な選択の権利が与えられています。人間は自分の進むべき道を選び、そこを戦い抜いて、勝利できるのですから」J.スタンベック『エデンの東』3 土屋政雄訳 ハヤカワ文庫p.74-75

正直、この件を読んだときは、体が震えるかと思いました。彼はこんなことを考えながら、あのプログラムを滑っていたのかと。かなりやばい精神状態だった。
ファンになった対象と同じ読書をするという体験は実は初めてで、この「彼が感じていたことが手に取るように分かる」感覚はちょっとヤバいと思いましたよ。必死で「これは所詮錯覚」と自分に言い聞かせていました。これ、もし町田くんと同じ年頃だったら、確実に大変な勘違いをしていたと思う。あぶねー。
でも、少なくとも、「自分の進むべき道を選び、そこを戦い抜いて、勝利できる」という言葉をモチベーションとして、彼がこのシーズンを戦っていたことは間違いのないことで、いやー凄いことだな、これは、と思いましたよ。
そんな中、世界選手権を目前にした、フジテレビの直前特集のインタビューで、彼が語った言葉。
初めてのオリンピックで経験したことのない重圧を感じたこと。
それでもメダルまで僅差の成績を上げることが出来た。
だから、
「自分は世界選手権でメダルを取ることが出来る選手だと確信した」
『エデンの東』には、上記の引用箇所よりも後に次のような件があります。

「敗北で終わろうとしていたわしの人生が、すばらしい結末に方向転換したように思えた」(承前p.86)

町田くんの上記の発言を聞いた時、真っ先に頭に浮かんだ言葉です。
図らずもジョニーが指摘していたけど、彼は自分のスケート人生が負け続けだと思っていて、実際にそう口にもしていた。
その彼が、「自分は勝つことができる」とはっきり口にしたわけです。オリンピックという舞台を経験した彼は、自分が本当に勝利への道を選びとることが出来る人間だという確固たる自信を確立したのに違いありません。
この時こそ、彼は本当に「ティムシェル」という言葉の意味を実感したのでしょう。

更に彼は言葉を継ぎます。
「もう紙の目標は必要ない」(自宅のドアに目標を書いた紙を貼っていたのを、オリンピック後にやめたことについて)
「語録は卒業」
町田くんを指導している大西コーチが後で明かしたところによると、彼に自信を持たせるためにコーチが指導したことなんですね、「語録」。
それを「卒業」すると宣言したということは、もはや彼はそれを必要としないだけの強さを身に着けたということなんですよ。
その強さを証明するかのような、世界選手権。
町田が、あの羽生を僅差の戦いにまで追い詰めるとは、ほんの数週間前ですら、誰が予想しただろう。
リンクの上にスタインベックの名作の世界を描き切ったSP。
華麗に力強く火の鳥を舞ったフリー。
もはやそこには、あと一歩で世界の舞台というところで挫折を繰り返しもがいていた少年の面影は固より、初めてのオリンピックという大舞台を前に戸惑い混乱していた姿すらも、どこにもなくて。
自分は、勝利への道を確かに選び取ることが出来るのだ、という確たる自信に満ちた姿があった。
…と、言いつつも、「フリーでは優勝を意識して固くなった」と漏らす辺りに、若者らしい気負いを覗かせるところも、また魅力的だったり。
前々日の公開練習も含めて、その一部始終を、この目で見届けることが出来たということは、本当に幸せなことだと思いましたよ。
すいか | 町田樹 | 01:57 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
Comment
こんにちは、今シーズンから町田選手の大、大ファンになったものです。
町田選手に関する素晴らしい文章、読ませて頂きました。
そうだ、そうだ、と同意しながら読みました。私も彼の「エデンの東」を読みました。
これからもさらに活躍して欲しいものです。

posted by 通りすがり ,2014/05/13 9:26 PM










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